大府市の注文住宅・リフォームは豊和住建へ
HOME>会社案内

社長挨拶

社長挨拶
川口満人のプロフィール
ペンキ

生まれ 昭和29年 4月5日 2:55分生まれ

塩竃 満人 長男で生を受けました。37代目だそうです。
仙台市の塩竃神社にゆかりある祖先で、戦に敗れて九州におちのびていったそうです。
(塩竃神社と同じ名前)
九州で分家を2家つくって家名を絶やさないようにしていったそうです。
私が1歳の時に父の都合で、川口に戻して、今川口の名字を名乗っていくようになったそうです。

私が小学校の時に、大府市に来ることになりました。
父は大工をしていました、身体を痛めて大工ができなくなり、名古屋の会社に勤める事になったからです。

私が20歳の時に大工修業に入りました。
夜、東海工業専門校に3年勉強し、建築士を取るきっかけとなり大工修業と、設計、プレゼン、骨組み、構造の勉強をすることができ感謝しております。

27歳の時、自宅を新築するきっかけをいただき独立させていただきました。
父、母には大変感謝しております。

完成して自宅を見学会させていただき、大府でも、もっとも早い見学会をさせていただき、たくさんの方に見てもらいました。
ひきつづいて同年の高橋様の自宅を新築させていただく仕事をさせていただきました。

独立最初のお客様の家の工事をいただき、プラン、設計から最後までの仕事をさせていただきワクワク、楽しんで仕事をしました。私がワクワクした以上にいい家になったと思います。
その時には大工の柘植さんが私の隣で頑張っていただき、長い付き合いがはじまりました。

2家目は近くの村松様の新築でした。それから新築がつづいていき、3年後ぐらいには大府市の岩井様の新築工事をいただき、大府市の足がかりとなる1歩となりました。
今思えば、若い大工の私に工事をさせていただいた事に感謝、感謝でございます。

図面とヘルメット

30歳の頃には、プラン、設計、見積、現場管理、精算、アフター、1人でしていました。佐江子さん(奥さん)には事務、会計を手伝ってもらっていました。

大工さんも5人ほど社員としていてくれました。楽しかったです。全てに有りがたかったです。

一日一日があっとゆうまに過ぎ去っていきました。
30歳の若い大工に数千万円の家を任せていただき、お客様の気持ちになって考えた時、不安でいっぱいだったと思います。

よくぞ声を掛けてくださった。仕事をさせていただいて、自分も成長することができ、お客様に喜んでいただき、宝物のような時間をいただいた事ができました。

自分史を書きながら、涙を浮かべている私がいます。ただ、ただ、感謝。
感謝以外、言葉に出す言葉が見つかりません。ありがとうございます。
今時間は、AM6:50分(土)吉田事務所にいます。

毎朝6:30分頃に事務所にいきます。
まずはトイレ掃除、身の回りの片づけ、仕事をします。
(15年ほど前、吉田事務所をひらいた頃から続けています。)

6:45分頃には大工さんが吉田事務所(加工場)にきて、現場の段取りをして現場に向かって行ってきます。

7:15分~20分頃に事務所の人達が出社してきます。
まずは掃除、7:30分から朝礼
「うれしい、たのしい、幸せ、愛してる、大好き、ありがとうございます」
と大きな声で言って、感謝する事、感動する事、大切な事を言っていきます。

朝礼が終わると、自分達の仕事についていきます。
忙しい1日が始まります。

工具

現在、社員大工が15人、常用大工が5人、監督・設計を含めて事務所とショールームで11人
パート3人、水道工事部 1人
(事務所、大工の資格:一級建築士、二級建築士、木造建築士、一級建築施工管理技士、二級建築施工管理技士、インテリアコーディネーター、キッチンスペシャリスト、建築一級技能士、二級技能士、大工指導員、ファイナンシャルプランナー、シックハウス診断士、古材鑑定士、住宅建物取引主任、耐震相談員、耐震補強技術者、測量士、増設築相談員)

資格をいただいて、仕事に活かしながらお客様の困った事、使いにくい、住みにくい、寒い、熱い、の不安を良かった、住みやすい、便利、ありがとうの笑顔をいただく為に仕事を励んでいます。

豊和の理念
「豊かな心と、人の和で住まいをつくる」

豊和のコンセプト
「お客様に喜んでいただける住まい造り」
「住まい造りを通して、人様のお役に立つ」
私が豊和の名前をいただいたのは、15年前だったと思います。
独立した時の会社の名前は「みやこ住建」でした。

私が27歳の時から14年ほど、みやこ住建の名前で仕事をさせていただきました。
その後、豊和に名前のみ変わりました。その時のいきさつです。

30歳ぐらいの時、私の人生そのものを変える目を開かせていただける人に会う事ができました。

伊勢市に住まわれている佐野先生でした。
実名が「佐野 ひな」法名が「佐野 多賀」といいます。
佐野 多賀先生の事のお話は直接ゆっくりと語りたいと思います。

不思議な奇跡に近い事なので、又、話がおおきすぎて疑われるからです。
不思議な事のお話が好きな方は語りましょう。お待ちしております。

今の私がいるのも、間違った事をせず、正しい事をして生きていく事を教えていただいたこそです。

青空

30歳の頃から月に1回「業」をさせていただき、今は月に1回伊勢神社に半日かけてお参りをさせていただいております。

私の事を間違われるといけませんから、お伝えします。
どの宗教団体にも昔から入っておりません、入っていませんから勧誘することもなく、
物を売りつける事もありません。

月に1度、伊勢の内宮、外宮、佐野先生の仏壇、神棚にお参りしております。
修験道の奈良吉野山に年に数回お参りしています。

私のお参りは自分をとりまく、神々様、天体の神様に一方通行のお話をしているだけです。

毎日、神棚に手を合わせて、一日の感謝とお礼をしています。

あらゆる場面で、生きている事、仕事している事、手と足が動く事、人としてのお勤めができている事に感謝しております。

お話が戻りますが、佐野先生に豊和の名前をいただいてから15年経ちます。
会社を起して合計29年になります。

お客様から直接仕事をいただいています。下請けをした事がありません。
直近の売上は平成24年~平成26年(3年間)を平均して7億5000万円の工事をさせていただいております。
建物工事、及び付属する工事全てです。

新築、リフォーム全般、注文住宅、注文リフォーム、店舗造作のみです。
分譲はした事が有りません。

ギター

私の趣味は一番は音楽、生演奏が大好きです。
レッドワイン、ビール、を飲みながら生演奏を聴く、見るのが好きです。

ジャズ、タンゴ、ロック、オールディズ60s、70sクラッシック
聞く上で飲食できない所もありますが。

2番目は映画、月に1~2回ぐらいは見ると思います。
3番目はスキー、4番目はウォーキング。
忘れてました。食べる事も大好きです。

ブルーノートに今はまっています。
良かったら、ジャズ、ロック、クラッシック、ポップを聞きながら、飲んで、食べて楽しみましょう。いつでもご一緒させていただきます。
一緒に行きましょう。

家族の事を少し書きます。
子供が4人、女の子3人、男の子が1人です。
下が21歳 上が28歳

ブルーノートに行ったり、居酒屋にいったりしています。
内宮、外宮のお参りも一緒にいったりします。

奥さんは一番大切な人です。私の3つ下、スリーサイズは内緒、年も内緒です。

奥さんに数十年、いつもしている事があります。
朝ハグをして「いってくるよ」
夜寝る時に「ありがとう」かかした事がありません。

家の中で2人きりの時も、子供といる時も、愚痴、不平、不満、人の悪口は言った事がありません。
言ったことがないから聞いた事がありません。
少し少しぐらいあるかな・・・?

ギター

今回はここまでにします。
つづきはもう少し後に書きます。

悪いことをせず、正しい事をして、生きていく一日一日が業であり、悟りをいただくことで有る。

お客様の喜び、幸福があってこその仕事であり人様のお役にたってこその人生である。お客様、家族、社員一同の幸福が有り続ける限り、会社は継続がありつづけ、自分も幸福につつまれる。

自分自身へのいましめとしている言葉です。




平成23年7月16日~7月18日
出雲大社 七社の参拝です

16日 初日、出雲大社に17:00ごろ着きました。早速、出雲大社の参拝をさせていただきました。
縁結びの大神様、大黒様と慕われている大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)様をお祭りする出雲大社です。大国主大神様は、国造り、人造りされた神
大きな袋に人々の悩み、煩いを袋に背負われて生きとし生けるものの幸せの縁を結ばれる
慈愛の心をもたれている神様として祭られています。「因幡の白兎」の神話も有りますね。
大社の前で、手形にて参拝している時、笛の音が聞こえてきました。神主さんに、「笛が聞こえましたか?」とおたずねした所「私が吹きました」と言われました。「ありがとうございます」とお伝えしました。
心が洗われる様な美しい音色でした。帰りに鳥居の前で頭を下げていた時、美しい笛の音が聞こえてきました。まわりに人は数人しかいなかったのに音が聞こえてきた時は感動すら覚えました。ある人から、「私と出雲大社とは縁が深いんです」と聞いたことがあります。守っていただいているそうです。ありがたいことです。











 出雲大社

17日 2日目、朝一番(6:00ごろ)に出雲大社に参拝しました。今日は五社の神社をお参りする日です。嬉しいです。ワクワクします。

(8:30)日御崎(ひのみさき)神社の参拝です。
素盞鳴尊(すさのおのみこと)神をお祭りにしております。日本の夜を守る神として命を受けた神社です。上世以来20数回の造営です。今の建物は360年経ている国指定の文化財です。(幸栄の縁を結ばれる大神様)
 日御崎神社

(11:00)熊野大社、古来より出雲国一の宮として知られている。
素盞鳴尊(すさのおのみこと)神を主祭神としお祭りしてあります。生きとし生けるものの幸栄の縁を結ばれる大神様、辛苦を尽くして人々の期待に報い、人々の幸栄を保証なさった”結び”の神である。

熊野大社

(12:00)神魂(かもす)神社
本殿は大社造りとしては最古のもの室町時代の建物、600数年前の造営、国宝になっています。主祭神、伊弉冉(イザナミ)大社様を祭ってあります。参拝させていただきました。昼食は、車の中で弁当を15分ぐらいの時間で済ませ八重垣神社へ。
  神魂神社

(13:15)八重垣神社
多くの車が駐車してあり圧倒的に若い女性が多くびっくりしました。他の神社との違いにびっくりしながら参拝。女性が多い所は華やかで美しいなと思い参道を行きました。主祭神、素盞鳴尊(すさのおのみこと)・稲田姫命

八重垣神社

出雲に於ける縁結びの本宮として広く全国に名高いお社が八重垣神社です。神代史を彩る縁結びの神話として素盞鳴尊と稲田姫命がハ岐大蛇を御退治になり八重垣を造って親の承諾を得られた正式結婚の道をおひらきになり御夫婦の宮居とされた。御歌の八重垣をとりて八重垣の宮と称されたのが本宮で、二神は家庭円満子孫繁栄し出雲民族の隆盛の基礎を作られた。

縁結びの本宮に参拝しました。お客様との縁、仕事の縁をいただきますようにと参拝しました。

鏡の池
老若男女がこの池を求めて紙片に硬貨をのせ占の遅速を楽しみ(早く沈めば良縁早く、遅く沈むと縁が遅いとされ、又運勢の吉凶も判断した。)水を我が身にふりかけて美男、美女にあやかろうとしたそうです。
尚、同一境内には八岐の大蛇をしのばせるような大杉の根が四方に起伏してあたかも人のまなこに神秘の世界を想起せしめる夫婦杉がありました。

女性が多いのに納得致しました。女性は夫婦愛・家族愛、愛の心を持った菩薩様みたいだなと思います。

(15:40)美保神社 正式参拝
えびす様の総本社(全国3385社) 主祭神 穂津姫命(みほつひめのみこと)・事代主神(ことしろぬしのかみ)
出雲大社は大黒様     美保神社は恵比寿様
漁業、農業、商業の守護神として敬仰されています。えびす様は鳴り物が好きとの信仰で多くの楽器が奉納されています。その内の846点が国の重要有形文化財に指定されているそうです。
 美保神社

18日 最後の参拝日となった3日目

(10:15)白兎神社     主祭神 白兎神
医療、動物医療の発祥の地と云われ古来皮膚病、傷病に霊験あらたかな神社「因幡の白兎」で有名な神社

白兎神社

無事に3日間で七社の参拝を終え、帰路に着きました。自宅に着いたのが21:30頃でしたが全体に満足いく参拝が出来ました。感謝です。ありがとうございます。

私は今回のお参りで気付きをいただきました。神魂神社での気付きでした。全ては人なり。神社、会社、組織、家族あらゆる人の集まる所は全て人で守られ、その人の人格で決まっていく。法・規則を作っても、最後は人。国の美しさ、パワーも人が元。会社の社会貢献も人。会社のパワーも人。あらゆる組織も人が元に有り、人対人も全ては人とのつながり。改めて個人個人の人格の大切さを思いしらされました。私は全てに人造りだと、自分自身が偉そうなことを言っている以上は、自分自身を磨いて恥ずかしくない人生を歩いて行き、徳を持った人格者になろうと思います。日々、暮らしの中で業をさせていただき、生きていきたいと思い行動します。

全ては人が元である。

忘れていけないのは人は心・身体、壊れやすいということ。

前にお話しをしましたが、月に一回のお参り、伊勢神宮の参拝は欠かした事がなく、夫婦もしくは子供(23才以上)になりましたが家族での参拝になります。子供は4人です。今回の出雲大社始め、七社の参拝も家族で行きました。いい参拝が出来ましたし、神様とのふれあいも出来たと思います。真心と和で。誠実に仕事・人生を生きたいです。神々様とのふれあい、会話が私の望む所かもしれません。自分を見つめなおす時間ですし、自分が何の為に生かされているのかを気づきを頂く時間です。さあ、仕事をバリバリしようとパワーを頂く時間です。ありがとうございました。へたな文ですが又書かせて頂きます。良かったら又読んでください。私の人生に大きな光を頂いた佐野多賀様に感謝致します。

生涯職人 川口満人
問い合わせ